「キシダは何もしていない」ポール・クルーグマンが日本に落胆している理由
コロナ第7波、ウクライナ情勢、そしてインフレ。世界経済は新たな転機を迎えている。明日の行方すら分からない時代、果たして日本はどこに向かうのか。経済学の泰斗、ポール・クルーグマン教授が語り尽くす。 【写真】値上げラッシュに対抗!「売ると意外に儲かるモノ」30選
根本的なデフレ脱却に至っていない
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本題に入る前に、安倍氏の銃撃については、当然私もショックを受けています。日本で元首相が殺害されるとは誰も予想していなかった。心からお悔やみを申しあげたい。 しかし、その話とアベノミクスについての評価は別の話です。遡ること2016年3月22日、私は当時の安倍氏に直接会って、消費増税はすべきでないと進言しました。ですが、安倍氏は私を裏切る形で2019年10月に10%へと消費税を引き上げました。これは大きな失策と言わざるをえません。 そもそも、消費増税とは緊縮財政であり、景気の過熱、つまりインフレを抑制するために行うものです。日本のように長いデフレに陥っている国でやっても逆効果なのは明らかだったはずです。 そして今、日本は果たしてデフレから脱却できたのでしょうか。 確かに数字の上ではインフレ率は当初の目標である2%となっています。しかし、これは政策が効果を発揮したからではありません。実際には、ロシア・ウクライナ戦争による食糧やエネルギーの危機を背景とした円安による物価上昇という外的要因によるものです。 それでいて、先述したアメリカのインフレ率9%に比べれば、日本のインフレ率はまだはるかに低い。日本は根本的なデフレ脱却に至っていないと見るのが正しいでしょう。
岸田首相の「新しい資本主義」は空虚だ
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この「デフレマインド」は日本特有の諸悪の根源であり、私もずっと頭を悩ませています。 これを解消するのは、やはり賃金を上げることに尽きると思います。にもかかわらず、安倍氏の後を継いだ岸田文雄首相は賃金上昇をいまだ実現できていません。 確かに2021年には、「業績がコロナ前の水準を回復した企業について、3%を超える賃上げを期待する」と岸田首相は述べました。また賃上げに応じた企業に対し、法人税負担の控除率を引き上げる優遇税制を、2022年度の税制改正大綱に盛り込んでいます。 しかし賃上げ税制自体は安倍政権下の2013年度から導入されているものです。ですから賃上げの実現を望める政策とは言えず、何もやっていないに等しいでしょう。岸田首相の掲げる「新しい資本主義」も、私には空虚に聞こえて仕方がありません。 では、岸田首相の役目とは何か。 第一に、日本の経営者団体のような反対論者を無視してでも、企業の内部留保の水準を明確化し、大幅に切り崩して賃金を上げることに向かわせる法整備を行うなどの荒療治でしょう。 私は、日本は世界でも有数の「プロダクト・エコノミー(良品を生産する経済)」を形成している国だと認識しています。世界中の人々は、まだまだ日本の製品を欲しがっているのです。実際、日本の上場企業の多くは今年、過去最高益を更新するなど、好調ぶりを見せています。 問題なのは、そういった企業が利益を内部留保として貯め込んで、その上にあぐらをかいていることです。企業としては賢い考え方でしょうし、「当然だ」という議論ももちろんあります。しかし、日本全体としては長期的に経済を減速させることにしかなりません。
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