イギリスと中国で起きた「10月の政変」が示すのは、「民主主義の退潮と強権主義の伸長」か?
イギリスのトラス首相が就任からわずか45日で辞任に追い込まれた一方、中国では習近平が政敵をバージして終身国家主席へのシナリオを描き始めた。歴史的因縁のある両国の対照的な「政変」は何を意味するのか──。 【動画】胡錦涛が「つまみ出された」瞬間を観る
あまりに対照的なリズ・トラスと習近平
2022年10月は、浅からぬ因縁を持つ西洋と東洋の代表的な国家で、実に対照的な政治的大事件が起きた月として歴史に刻まれる気がする。そう、イギリスと中国のことだ。 大英帝国時代は「太陽の沈まぬ国」とまで言われたイギリスでは、20日、リズ・トラス首相が就任からわずか45日での辞任を表明。同国において史上最も短命な政権という不名誉となった。 トラス氏を引きずり下ろすことになったのは「トラスノミクス」と呼ばれた経済政策の不評で、とりわけ「低税率による高い経済成長」を掲げて表明した5年間で総額約450億ポンド(約7兆5000億円)規模もの減税案に対して、市場は「で、財源は?」と疑問を突き付けた。 イギリスの通貨ポンドや国債は急落し、アメリカのジョー・バイデン大統領からも減税案への懸念を示されるなど「トラスノミクス」は登場するや否や「ダメ出し」を喰らってしまう。慌てたトラス氏は14日に減税案の責任者クワーテング財務相を事実上更迭。 しかし、同日に開いた緊急記者会見では答えに詰まって"uhm..."と呟きながら左右に視線を泳がせた姿は国民をさらに不安にさせた。会見は8分ほどで打ち切られた。 結局、トラス氏は減税案をほぼすべて撤回し、首相の座から降りた。 後任の首相にはリシ・スナク元財務相が就き、財政規律を重視するスナク氏の姿勢を市場はひとまず好感はした。ただ、高いインフレ率が続くなかでイギリス経済は今年から来年にかけてマイナス成長になるという予測もあり、政権運営は控えめに言っても厳しいものとなる。
胡錦涛「つまみ出し」の真相
かたや清の時代の19世紀にはアヘン戦争でイギリスに敗れ、半植民地への道を辿った中国。今やアメリカに対抗するまでの大国であるわけだが、10月の第20回中国共産党大会と一中全会(第一回中央委員会全体会議)で習近平国家主席(総書記)はさらに少なくとも5年間は最高指導者でい続けることが決まった。 それ自体は中国ウォッチャーたちの予想通りであったが、誰もが2つの事件に目を丸くした(習近平氏に関するスローガン「二つの擁護」「二つの確立」を揶揄しているわけではない)。 ひとつは、23日にお披露目となった7人の政治局常務委員たち、いわゆる「チャイナ・セブン」とも称される最高指導部の陣容だ。 すでに多くの分析が出ているので詳細は省くが、全員が習氏への忠誠心が高いとみられる人物たちで、かつ、政治的なライバルといえる「団派」(共産主義青年団出身者たち)は完全にパージされたのだ。 予想をはるかに超える「習一強体制」である。 もう一つの事件も、この「団派」パージと連動しているとみていいのであろうが、22日、党大会の閉会日に胡錦涛前国家主席が「つまみ出された」ことだ。 世界が仰天したこの出来事の真相はまだ究明されたとはいえないが、「最高指導部から『団派』の幹部たちが排除されたことに異議を唱えようとした胡錦涛氏が習主席の指示によって退場させられた」という見方が有力となっている。 「胡氏が体調を崩したので会場外に出て休養した」という中国側の公式発表は説得力が乏しい。本当に体調の問題であったのなら、居並ぶ幹部たちが党の長老である胡氏を気遣う様子をみせなければおかしい。誰もが能面のように表情を崩さず前を向いたままであったことが、事の本質を物語っている。 つまり、すぐ傍で起きているパージに対して「見て見ぬふりをしなければ自分も巻き込まれかねない」という防衛本能が作動したとみれば、理解できる。とりわけ「団派」幹部たちは、身じろぎすらできないほどの強い緊張感に包まれていたのではなかろうか。