トリプル安の英経済より危険...「危機的状況」すら反映できない日本市場のマヒ状態
新政権の経済政策をめぐってイギリスの市場が大混乱となっている。リズ・トラス首相が積極財政策と国債大増発を打ち出したことで、通貨、債券、株式のトリプル安が発生。新政権の経済政策に市場が明確なノーを突きつけたことから、トラス政権は早々に減税策の撤回に追い込まれた。
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市場には、その国の経済政策が合理的なのかを示すリトマス試験紙としての役割がある。イギリスの市場は良くも悪くもその役割を果たした格好だが、翻って今の日本市場は機能が半分停止した状態にあり、経済状況について正しく認識することができない。
イギリスの債券市場では英国債の売りが急増しており、10年債の利回りは4%を突破した。これに伴って英ポンドは対ドルで1985年以来の安値を付け、ロンドン株も大きく値を下げた。
トラス政権は所得税の最高税率引き下げや法人増税の凍結などを表明し、財源として国債の大増発を行う経済政策を打ち出した。イギリスは8月の消費者物価指数が前年同月比9.9%という深刻なインフレに見舞われている。インフレが進んでいるときに需要を喚起する積極財政を行えば、インフレがさらに加速するのは自明の理であり、市場はそのとおりに反応し、債券安、通貨安、株安となった。
経済学の理論上、インフレの進行時には需要を喚起するのではなく、需要を抑制し、供給を強化しなければ事態を改善できない(インフレの種類は問わない)。実際、アメリカは利上げによる需要抑制策を実施しており、トラス政権が打ち出した政策はこれとは正反対の中身である。もし失敗すれば、さらなる通貨安や株安を招くのは確実だった。
■EU離脱で追い込まれているイギリスの現状
先日、行われた英保守党の党首選では、積極財政を掲げるトラス氏と、インフレ抑制を主張するリシ・スナク氏の争いとなり、トラス氏が勝利した。トラス氏がリスクの高い政策を掲げた背景には、EUから離脱し、今後の成長シナリオを描けなくなっているイギリスの厳しい現実がある。
同じタイミングで、圧倒的な存在感を放っていたエリザベス女王が死去し、英連邦各国が共和制移行への動きを見せるなど、大英帝国の衰退を印象付ける形となった。イギリスはEUに加盟したものの自国通貨を維持するなど、伝統に従った孤立主義を貫いており、こうしたイギリスの国家戦略は王室を抜きに語ることはできない。
ちなみにトラス氏は若い頃、扇動的な共和主義者であり、王室廃止を訴えていたと報じられている。エリザベス女王は、EU離脱によってイギリスの行く末が危ぶまれるなか、死去したわけだが、亡くなる2日前、最後の力を振り絞って任命した宰相が元共和主義者というのは皮肉な結果である。
■英市場と違って機能不全に陥った日本市場
最終的にどのような政策を実施するのかは、市場ではなく英国民が決めることだが、健全な市場というのは政策の合理性を判断する大きな役割を担っている。
イギリスでは市場がしっかりと機能する一方、日本においては、国債市場で2日連続で取引が不成立になるなど、市場が持つ価格形成機能が失われつつある。最大の原因は、日銀が一定以上に金利が上がらないよう無制限に国債を買い取る「指し値オペ」を実施していることであり、この状態では本当の金利が何%なのか誰にも分からない。
株式についても、上場企業の多くが日銀や公的年金が筆頭株主という異常事態が続いており、これらは全て異次元緩和の副作用である。
日本では3大市場のうち2つが機能不全となっており、国民は自国経済がどのような状態にあるのか判断できない。例えるなら、壊れた計器でのフライトを余儀なくされた飛行機のようなものだ。