円安の投機を後押しした日本メディアの極論

2022年11月16日

米中間選挙後の11月10日に公表された、10月分の米CPIが予想外に下振れたことをきっかけに、米金融市場では大きく株高、金利低下が進んだ。為替市場ではドル円は1ドル146円台から一気に142円台前半に下落、翌11日には一時138円台まで更に円高に動いた。2日間(10~11日)で7円も円高が進んだのは、1998年以来24年ぶりの上昇率と報じられている。 治験中のがん新療法、18人全員の腫瘍が6ヶ月で消失 専門医「前代未聞」 この大幅な円高ドル安の動きは、春先から続いた円安ドル高基調が、大きな転換点を迎えたと位置づけられるのではないか。当コラム(9月20日)などで、今年のドル高円安の主たる要因が米国にあり、米国経済やFRB(連邦準備理事会)の政策でドル円の方向は変わるとの考えを筆者は示してきた。この意味で、米国のインフレ指標がドル高円安の動きに影響するのは自然である。 ■ 円安というよりドル高の側面が大きかった 実際に、米国の高インフレを抑制するために、FRBによる「異例の大幅利上げ」が続くとの期待が、世界的なドル高をもたらした。ユーロなど多くの主要通貨対比でドル高が進んでおり、円安というよりドル高の側面が大きかったのである。 FRBによる引締めが「後手に回った」などの批判も散見され、「一時的」と思われた高インフレが、筆者にとっても予想外に長引いていた。そして、高インフレが収まらない状況が、永続するかのような悲観論が金融市場でも広がり、ドル高圧力を強めていたようにみえる。 ただ、中央銀行が利上げを続ければ、経済活動やインフレに影響するのは自明のことである。11月2日FOMC(連邦公開市場委員会)で、パウエル議長は、利上げの到達点を引き上げる考えを示す一方で、利上げペースを緩める対応を否定しなかった。 これは、FRBの金融政策の転換を意味するわけではなく、利上げを続けるFRBの姿勢は明らかである。そして、単月のCPIだけでインフレ動向を判断するのは難しく、インフレ鎮静化にはまだ時間がかかるとみられ、利上げは2023年春先まで続く可能性が高いと筆者は引き続き考えている。 この意味で、単月のCPIの値動きが、FRBの政策に及ぼす影響は決定的ではない。少なくとも言えることは、FRBによる利上げの景気抑制効果がようやく表れ始めている、ということではないか。 ■ 投機的な値動きも多分に影響していた 一方、これまでのドル円の動きを振り返ると、1ドル115円付近だった年初から一時150円台まで動いたわけで、短期間で実に約30 %もドル高円安が進んでいた。FRBの金融引締めによってドル高が説明できるとしても、先進国通貨の相対価格であるドル円レートが半年余りで30 %もの変動に至った背景には、投機的な値動きも多分に影響していた可能性がある。行き過ぎたドル高円安を転換させるには、FRBの引締め姿勢がほんの少し変わることを示す、「僅かなきっかけ」で十分だったのだろう。 通貨価値の相対価格である為替レートは、短期的にはいわゆる均衡値が存在しない。このため、市場参加者の期待や声が錯綜すると、一方向に値動きが行き過ぎる、いわゆるオーバーシュートが起きる。そして、ドル円などの先進国通貨において短期間での20%を超える変動については、投機が促すオーバーシュートである場合が多く、1ドル140円を超えていたドル円の値動きは、そのように位置付けられるように思われる。 ■ ドル高円安を投機的に促した日本側の要因 また、夏場以降のドル高円安を投機的に促した要因が、日本側にもあったのではないか。ドル高円安の本質である米国の動向は、日本のメディアではあまり重視されずに、日本の視点から「大幅な円安進行」が注目されるようになったのである。 食料品価格などの一部の価格上昇が円安で後押しされて、円安が身近な問題になり、また、四半世紀ぶりに通貨当局が「円買い介入」に踏み切った。こうした中で、経済事象をあまり扱わないメディアすら、「大幅円安」を扱うようになっていた。実際に、普段経済問題を扱わないメディアから筆者は円安に関して最近取材をうけたのだが、後知恵だがこうした事象が、円安ドル高が「行き過ぎ」の領域に入っていたシグナルだったかもしれない。 また、ドル高円安の本質である米国の要因についての認識が十分ではない、日本のメディアは様々な「円安論」を伝えるようになった。例えば、「大幅な通貨安は、日本経済衰退や国力低下の象徴」「円安に歯止めがかからず、経済危機が起きる」「悪い円安」などの、根拠が曖昧な議論である。こうした論者の見解がメディアやSNSを通じて拡散され、円安に対して過度な関心が国内で強まったことが、夏場以降の円安を投機的に後押ししたようにみえる。 同様に、財政赤字拡大や日本銀行のバランスシートの劣化などが、円安をもたらすという一面的な議論も、最近増えているように感じる。ただ、そもそも、こうした議論は、20年以上前から「狼少年」の如く登場しているわけだが、全く実現していない。 日本の公的債務が他国に比べて多いとしても、それが理由で円安が止まらなくなるというのも、中央銀行がインフレを制御している状況では簡単には起こらないのが実情である。こうした現実を無視して、一度進んだ円安が止まらなくなるとの極論が広まったことが、夏場以降の円安進行を後押していた可能性がある。 ■ 通貨安を煽る極論が行き過ぎた円安を引き起こす 米国で高インフレの制御に時間がかかっていたことがドル高円安の本質だが、日本国内では極論に基づいて通貨安を懸念する論者やメディアの声が強まり、円安が自己実現的に進んでしまったのではないだろうか。このまま、円安が止まれば、円安を煽る論者の声は自然に小さくなるのだろう。 ただ、何年後かは分からないが円安が大きく進む度に、今回の騒動は忘れられ、また通貨安を煽る極論が復活するのだろうか。そして、再び行き過ぎた円安を引き起こすのかもしれない。 (本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

村上尚己

© 2009 Dr. straightのヘルスケア&リラクゼーションのブログ。 by https://www.stosakaclinic.com/
Powered by Webnode
無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう