戦後初めて、日本の「経常収支悪化」が数字以上に深刻な事態である理由
全世界的な物価高騰や円安によって日本の経常収支が悪化している。日本の経常収支は構造上、そう簡単に赤字転落することはないが、仮にこのまま貿易赤字が続いた場合、慢性的な赤字転落の可能性もゼロではない。経常収支については誤解も多く、十分な議論が尽くされているとは言い難い。一方、経常収支が経済にもたらす影響は大きく、今後も円安傾向が続くのであれば、収支悪化を前提にした対策が必要となるだろう。(加谷 珪一:経済評論家) ■ 経常収支を構成する二本柱 財務省が発表した2022年7月の国際収支統計よると、貿易や投資によるお金の出入りを示す経常収支は2290億円の黒字だった。前年同月比では約9割のマイナスであり、7月の黒字額としては、比較可能な1985年以降、過去最小である。これは季節ごとの調整を行っていない数字だが、季節調整済みでは6290億円の赤字である。 経常収支が悪化した最大の理由は、貿易赤字の拡大である。全世界的に物価が高騰していることに加え、円安で輸入価格が上昇しているため、海外への支払いが増えた。これによって全体の収支も悪化している図式だ。 経常収支というのは、大雑把に言えば貿易収支と所得収支(海外からの投資収益)の2つで構成される。戦後の日本は基本的に輸出主導型で成長を実現しており、高度成長期以降の日本は、一貫して貿易収支が黒字であった。貿易黒字によって獲得した余剰の外貨は、海外投資に振り向けられるが、そこから得られる利子や配当(所得収支)が所得収支である。
ピーク時には、莫大な貿易黒字に所得収支の黒字が加わり、経常収支は大幅黒字という状況が続いてきた。だが日本の輸出競争力の低下とともに貿易黒字額が減少し、2005年以降は、貿易黒字よりも所得収支の方が金額が大きくなっている。 つまり近年の日本経済は、経常収支を構成する2本柱のうち、貿易収支ではなく、投資収益が大黒柱となっているのだ。分かりやすく言えば、日本は輸出ではなく、投資で儲ける国に変貌したことになる。 貿易収支と所得収支が逆転した後、しばらくは安定状態が続いてきたが、大きな転換点となったのが今回のインフレと円安である。 海外の物価が上昇し、製品価格そのものが上がったことに加え、円安で日本の輸入金額は大幅に増大している。為替が安くなれば輸出金額も増えるはずだが、製造業の多くはすでに海外に生産拠点を移しており、輸出金額の増加よりも輸入金額増加による影響が大きい。このため、貿易収支が赤字になる月が増えており、経常収支を構成する大きな柱の一つを失いつつあるのが現状だ。