為替介入の実現可能性と限界──日本経済にとっての無視できないリスクとは?
FRB(米連邦制度準備理事会)による金融引き締め期待の強まりを背景に、為替市場で円安ドルが進み、9月8日、13日に一時1ドル145円付近まで円安に動く場面があった。ユーロドルも9月に入り1ユーロ=1.00ドルを下回る20年ぶりのユーロ安ドル高が進むなど、高インフレと通貨安への対応で、ECB(欧州中央銀行)も、FRBに追随して大幅な利上げを余儀なくされている。 欧州は、経済の下振れリスクが大きい中で、米国同様に高インフレへの対処で、大幅利上げを行わざるを得ない非常に厳しい状況である。一方で、世界的にインフレが高まる中で、2%付近のインフレ率で安定している日本は、欧州などを比べると相対的にはかなり恵まれた状況と位置付けられる。 日本でも円安が進んでいるので、これまでメディアで大きく報じられてきた。大きく円安が進むと、「円安が止まらなくなる」「日本経済衰退の象徴」、などという極論や主張が増えるのはいつもの光景だろう。もちろん、安定していた為替相場の変動率が大きくなると、これが企業活動の障害になるなどの弊害があるのも事実である。 【動画】軍服を着ず敬礼もしなかったヘンリーと、メーガン妃の「隠しマイク」とされる写真 ■ 黒田総裁の発言は従来の発言と同様だ ただ、インフレ率は安定して低いままなので、インフレ抑制を最優先にしなければいけない米欧と、日本の状況は大きく異なる。これは、金融財政政策を状況に応じて、大胆に繰り出せるという意味で、他国にはない強みがあるということでもある。円安は予想外に進んでいることそのものは、経済成長を高めて脱デフレ完遂を促すので、経済全体ではプラス面の効果が大きい。こうした考えは日本銀行も依然持っているとみられ、そしてほとんど揺らいでいないように思われる。 こうした中で、岸田首相と面談した後の黒田日銀総裁の発言が報じられた9月9日に、為替市場で円高に動いた場面があった。また、日銀による「レートチェック」が行われたも報じられた15日にも円高に動いた。日本側の報道によって為替市場において円高に動いたわけだが、これらの材料は当局の経済政策の転換を意味し、円安トレンドを変えるだろうか。 実際には、9日の黒田総裁の発言は「急激な為替変動が、将来の不確実性を高めるので好ましくない」との従来の発言と同様である。この発言を額面どおりうけとめれば、円安の水準は問題とはなっていないとみられ、為替市場をターゲットにして金融政策が変わる可能性は低いだろう。「黒田総裁が為替相場について言及」というヘッドラインに反射的に反応したというだけではないか。 また、レートチェックについても、担当当局による為替介入が近づいていると解説されている。それは事実かもしれないが、実際に為替介入が行われるかどうかは不明であり、日本側の口先介入を一段と強めたという位置づけだろう。 ■ 米国経済は、既に減速局面に入っている 現在のように米国がインフレ鎮静化を最優先にしている中で、米国の当局の了解を得ることは難しいように思われる。なお、米ドル実効レートをみると、これまでのFRBの引き締めを織り込む過程で、2021年5月から2022年7月まで約15%ドル高になっている。同様にFRBの前回の利上げ局面でのドル高局面(2014年7月~2016年1月)では、23%ドル高が進んだ。前回対比で今回のFRBの利上げピッチは相当早いのだが、それと比べて為替市場におけるドル高のペースは早いわけではなく、ドル高が行き過ぎているとは判断されないだろう。このため、インフレ制御最優先の米国にとって、更なるドル高が望ましいと考えていると思われる。 もちろん、米国から難色を示されても、政治主導で日本の当局が為替介入を行う可能性はある。ただ、過去の介入後の為替市場の変動は様々だが、金融政策の変更を伴わない場合は、為替市場の趨勢を変えるには至らないだろう。つまり、ドル円の投機的な値動きを抑制する効果はあるとしても、米日の経済動向や金融政策が変わらなければ、為替市場の方向を変えるのは難しい。そしてこの点は、当局も認識しているように思われる。 このため、為替介入などの対応や思惑で、今後為替市場が短期的に上下する場面があるとしても、ドル円の行方は、主にFRBの政策と米国の経済・インフレが左右する状況が続きそうである。 米国経済は、これまでの大幅な利上げによる引き締め効果によって、既に減速局面に入っていると思われる。ただ、米経済の減速が、労働市場まで及ぶとの筆者の想定に反してこれまでの労働市場が堅調なままで、高インフレ抑制に時間がかかっている。 少なくとも2023年にかけて大幅利上げを続けるFRBの姿勢がほとんど変わらないことが、今週21日に結果が判明するFOMC(公開市場委員会)でも示されるだろう。既に、FOMCメンバーの政策金利の見通し(ドットチャート)が、6月対比で大きく上方修正されて、政策金利が4%を超える可能性はある程度は織り込まれているが、FOMCをきっかけに、ドル高期待が転換する可能性は低いように思われる。 ■ 岸田政権が金融財政政策の引締め方向に転じれば...... ただ、米国の大幅利上げが延々続く訳ではない(同様に、「円安が止まらなくなる」などの極論が実現することもあり得ないだろう)。米国では急ピッチな金融引き締めによって、2023年に本格化すると予想される景気減速が、より厳しくなるリスクはむしろ高まっているように思われる。 このため、2023年にかけて予想される米国の状況変化に備えて、現在は、円安の負の部分を財政政策によって軽減し、かつ金融緩和を徹底しつつ可能な限り円安を許容することが、日本にとっては望ましい対応であることは変わらないだろう。仮に、既存メディアが作り出す円安批判の世論に配慮して、岸田政権が金融財政政策の早期に引締め方向に転じれば、それは日本経済にとって無視できないリスクになりかねない。 (本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)
村瀬尚己