焦点:レートチェックで蓄積する円安マグマ、「危険な賭け」との声も
[東京 15日 ロイター] - 為替市場では、日銀のレートチェックを受けて、円相場が一時的に反発したが、実弾を伴わない「空砲」がいつまで円安阻止の効力を持つか、懐疑的な声は少なくない。日米金利差や日本の巨額の貿易赤字などファンダメンタルズに基づいたドル高/円安を人為的に抑制すれば、今後の円売り需要が蓄積されるだけ、との指摘もある。
<効果浸透に時間>
13日のNY市場。予想を上回る伸びを示した米国の8月消費者物価指数(CPI)の発表後、ドル買いは取引終盤になっても収まらず、東京時間の14日午前7時過ぎには144.96円、午前8時過ぎにも144.94円まで上昇し、7日につけた24年ぶり高値144.99円に肉薄した。
多くの参加者が日中の145円突破にほぼ確信を抱いた直後、まとまった断続的な売りが出て、ドルは144円前半へ次第に押し戻された。歴史的な高値となる145円目前では高値警戒感から戻り売り圧力も強かったため、実需も含めて攻防が激しくなったとの見方が広がった。
そして午後1時過ぎ。日銀がレートチェックを実施したとの報道が流れると、ドルは143円台まで急落。海外市場にかけて142円半ばまで、朝方の高値から2%近い下げとなった。
しかし市場筋によると、日銀がレートチェックを開始したのは14日午前。144円後半で攻防が繰り広げられている最中だった。「レートチェックの情報が市場であまり広がらず、報道が出るまで知らなかった人も多かったようだ。そのため午前の売り圧力は、限定的だったのかもしれない」(大手行幹部)という。
<ヒアリングとレートチェック>
複数の関係筋によると、当局は為替取引を行う大手行に対し、日常的に聞き取りを行っている。その時々の市場の流れや取引状況、金融機関が抱えているポジションなどのリスク量と内容は多岐にわたる。
レートチェックの定義はあいまいだが、そうした通常の情報共有とは一線を画す行為だ。
通常の対顧客取引では、連絡を受けた金融機関は取引相手の信用状況、他の顧客の注文状況、自身のリスク量、現在の相場水準と見通しなどを総合的に勘案し、現在の市場レートを元に、最も適切と判断したレートを提示する。顧客がそれに納得すれば売買が行われるが、満足いかなければもちろんキャンセルができる。
当局のレートチェックは、普段の情報収集とは異なり、他の顧客と同じように、取引を前提に金融機関にレートの提示を求めるものだ。当局が売買執行の意思を示せば為替介入になるが、ここでわざわざキャンセルして、介入実施の強い意向を暗黙のうちに市場へ伝えることが目的とされる。
それほど多用される手段ではないこともあり、市場に混乱が生じることもある。日常の情報交換がレートチェックと取り違えられて伝わって相場が急変したり、当局が取引をキャンセルしたのは提示したレートが他行に比べてよくなかったためではないか、などと関係行に疑心暗鬼が生まれることもある。
<日米首脳会談、介入のハードルか>
14日の海外市場で、円は対ドル以外でも広範に上昇した。大規模な金融緩和政策を維持する日本の円は今月に入り、ユーロや豪ドルに対しても8年ぶり安値を一時更新するなど幅広い売り圧力にさらされていたため、レートチェックで「(対ドル以外の)円売りポジション全般に警戒感が高まった」(上田東短フォレックス営業企画室室長の阪井勇蔵氏)という。
とはいえ、米国の2年債利回りは15日アジア時間の取引でも3.80%台と15年ぶり高水準を維持し、世界中のマネーが高い金利を求めて、ドルへ一極集中する構図に変化はない。主要通貨に対するドルの値動きを示すドル指数も、7日につけた20年ぶりから小幅に調整した程度だ。
日本の貿易赤字も、拡大の一途に変わりはない。財務省が15日発表した8月貿易収支は2兆8173億円の赤字と、比較可能な1979年以降で最大となった。
そのため、市場ではレートチェックの効果は限定的、との受け止めが優勢だ。また、その先にある円買い介入に関しても、緩和的な金融政策に逆行するため実施は困難で、仮にできても小規模にとどまり、影響は軽微との見方が多く聞かれる。岸田文雄首相が近く、国連総会に合わせてバイデン米大統領と会談を行う方向とされることも、米国の反感を買いかねないドル売り介入のハードルになるとみられている。
<過去の円買い介入、効果持続せず>
JPモルガン証券為替ストラテジストの中村颯介氏によると、政府・日銀が90年代に実施した円買い介入は、短期的に円を上昇させたものの、円安トレンドはその後すぐに再開した。特に97年12月は1兆円超、98年4月は3兆円弱と巨額介入だったにもかかわらずだ。
歴史を見る限り、円買い介入で一時的に円安を止めても、ドル高などの状況が変わらなければ、円安マグマはただ蓄積するだけだといえる。中村氏も「内外政策の違いや貿易赤字などファンダメンタルズ主導の現在の円安トレンドを食い止めることは難しい」と話す。
円買い介入は、政府短期証券を発行して行う円売り介入と異なり、外為特会で保有するドルを売却して円を買い入れる。つまり、保有するドルの範囲内という限度もある。政府・日銀の難しい戦いは始まったばかりだ。
(基太村真司 編集 橋本浩)