物価、賃金上昇シナリオと次期総裁人事 前日銀審議委員の片岡氏が語る「財務省と日銀の“たすきがけ人事”が復活するようなら残念」
為替の円安や食品、エネルギー価格の値上がりが続くなか、日銀の今後の金融政策や来年の次期総裁人事が注目されている。7月まで日銀審議委員として金融政策に携わり、退任後はPwCコンサルティングのチーフエコノミストに就任した片岡剛士氏が、今後の物価動向や賃金上昇のシナリオ、世界経済のリスク要因、アベノミクスの評価について語った。
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片岡氏は2017年7月に日銀審議委員に就任、一貫して金融緩和のさらなる強化を主張し、執行部案に1人で反対を続けた。
その思いを「遅くとも自分の在任期間中に2%の物価目標を達成したいという思いだった。粘り強く緩和を続けるだけでは物価目標の2%には届かないと考え、金融政策の枠組みでなんでもやるというスタンスだった」と振り返る。
今年7月の全国消費者物価指数は前年同月比2・6%の上昇と、物価目標を上回る水準となった。生鮮食品を除くと2・4%、生鮮食品とエネルギーを除くと1・2%の上昇にとどまる。
片岡氏は「エネルギーや食品価格の上昇に起因したインフレで2%を超えても意味がない。原材料価格の上昇が止まれば元のもくあみで、低所得者の方を中心に家計を直撃する。日銀が目指しているのは給料が名目で少なくとも3%、実質で1%上がるなかで物価が2%を達成するということだ」と解説する。
物価上昇に賃金上昇が追いつかないといわれるが、状況は変わるのか。
「中堅中小企業もコストを価格に転嫁し、値段を上げることへこだわりがなくなってきた。10月以降、一時的にせよ物価が3%を上回る状況が訪れるため、大企業は来年の春闘に物価上昇分を織り込まざるを得ない。賃上げ率は十分ではないかもしれないが高くなるだろう」と片岡氏。だが、リスク要因もある。
「欧米や中国など世界経済が落ち込んでしまうと賃金上昇の流れが止まってしまう恐れがある。ここは要注意だ」
欧米の中央銀行が金融引き締めにかじを切るなか、金融緩和を続ける日銀への風当たりも強まっている。だが、片岡氏は「少なくとも現行の政策を粘り強くやっていくことが必要だ。いまの状況で金融引き締めをしても食品やエネルギーの輸入価格は下がらず、景気が悪くなるので困っている人を救えない。誰のためにもならない」と強調。政府の対応としては「エネルギーや食品価格の上昇による痛みが低所得者や地方の人に集中するのであれば、減税や補助金などの財政政策が必要だ」と訴える。
黒田東彦(はるひこ)総裁の任期は来年4月で切れる。「方向感が変わるという不安はあるが、誰が後任になっても、当面は黒田総裁が10年やってきたレガシー(遺産)に逆らえないのではないか。ただ、財務省と日銀のたすきがけ人事が復活するようなら残念なことだ」と片岡氏は語る。
日銀の金融緩和策を後押ししてきた安倍晋三元首相は暗殺された。片岡氏はアベノミクスと日本経済をこう評した。
「日本経済復活のためには日銀と財務省の両方が転換することが必要命題だと思う。アベノミクスは金融政策の転換を実現したが、財政政策は転換できなかった。安倍元首相が存命であればご自身で解決されたかもしれないが、そこが日本の不幸であり、悲運だといわざるをえない。政治家や政策担当者の宿題として残った」