自動車からインバウンドに転換した日本の「稼ぐ力」、2023年円相場の行方
(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト) ■ 半分になった経常黒字 【グラフ】サービス収支と訪日外客数の推移。旅行収支の黒字がサービス収支を均衡させる原動力になっていた 2022年のドル/円相場は激動の年であったが、10月までの急騰、11月以降の急落を経て12月にようやく小康を得ている。もっぱら、日米金利差の拡大・縮小に応じて現状や展望を議論する機運が支配的だが、円相場の底流にある需給環境の変化から目を逸らしてはならない。長い目で見た方向感はやはり需給が規定するはずだ。 12月8日に発表された10月国際収支統計では、経常収支が▲641億円と今年1月以来、2度目の赤字を記録した。10月に赤字となるのは比較可能な1985年以降で2013年(▲162億円)以来、2度目である。 年初来(1~10月)合計の経常黒字は9兆6960億円だが、同期(1~10月合計)の経常収支に関してパンデミック直前の3年平均(2017~2019年)を取ると18兆7480億円だった。 あくまで現時点のスナップショットの話だが、パンデミックや戦争などを通じて、日本の経常黒字水準が半分になったイメージになる(図表(1))。 【図表(1)】 拡大画像表示 ちなみに、より直近のデータまで確認できる貿易統計は11月分まで明らかになっており、貿易赤字は1~11月合計で約▲18.5兆円である。2022年通年では▲20兆円の大台もあり得る。これは現時点では過去最大の貿易赤字だった2014年(▲12.8兆円)の1.5倍に相当する規模だ。
■ 原油価格が下がっても貿易収支が回復するかは微妙 もちろん、10月は円安・ドル高が152円付近と年初来高値をつけたタイミングであり、原油価格のピークアウトもまだ十分に輸入金額に織り込まれていない。そのため、今後は輸入減少に主導される格好で貿易収支ひいては経常収支は改善に向かうことが予想される。 しかし、本稿執筆時点の原油価格は1バレル75~80ドルと100ドルを超えていたピーク時から調整しているとはいえ、2017~2019年平均の60ドル強より高い。 この背景に、脱炭素機運に沿った化石燃料の供給能力低下、ロシアからの供給減少、経済安全保障の観点から再構築されるサプライチェーンのコスト上昇などがあるのだとすれば、今後際立って価格が下がってくる期待を持つべきかどうかは議論がある。 もし、高止まりするとなれば、輸入の4分の1が鉱物性燃料である日本にとって構造変化と言える状況である。 なお、1バレル60ドル強だった2017~2019年平均で日本の貿易収支は月次で1700億円程度の黒字だった。原油価格がそこまで戻ってようやく貿易収支が均衡に近づける程度のイメージであり、原油価格が下がっても顕著に貿易黒字が回復するわけではない。 資源価格以外で今後、日本の経常収支が改善に向かう展開があるとすれば、旅行収支黒字拡大に伴うサービス収支の改善に起因する動きだ。 鎖国と揶揄された水際対策の大幅緩和が始まった10月の訪日外国人観光客数(インバウンド)は49万8600人と、9月の20万6500人から倍増している。この成果は旅行収支にも表れており、10月は430億円と2020年1月以来の大きな黒字を記録している。 すなわち、パンデミック後では最高の黒字ということを意味するが、2020年1月の旅行収支黒字は2962億円と現在の7倍近くだった。インバウンドの水準も回復傾向にあるとはいえ、2019年10月は249万6568人であり、現状はその2割程度しかない。正常を謳うには程遠い現状である